劇団四季「ノートルダムの鐘」(飯田カジモド、芝フロロー)横浜2018年4月26日マチネ感想

横浜KAATで行われている劇団四季「ノートルダムの鐘」を観てきました。

横浜公演は2回目。ノートルダム通算4回目。

劇団四季は、キャストの発表が月曜日なので、月曜日はとてもドキドキしますね(笑)

そして、この週の月曜に出たキャスト表

4/26のキャストが・・・

大好きな飯田達郎さんカジモド
秋劇場で鳥肌だった芝清道さんフロロー
CDでしか聴けていない阿部クロパン

この3名のお名前をみて、月曜日は何度も何度もキャスト表を見返していました。

本当にうれしい(><)

ノートルダムの鐘はとても好きな作品なので、どのキャストさんでも嬉しいのですが、ほんとうに観たいみたいと思っていた方たちなので…

あとこの日は初めての前方席(6列目)でのノートルダム観劇という事もあり(今まで1階一番後ろx1回、2階席x2回)、個人的にはほんとうに特別な日で。

観劇前日は興奮で寝付けなかったほどです(笑)

ノートルダムの鐘2018年4月26日マチネキャスト

席が前の方になるだけで、俳優さんたちの表情がはっきり見え、それだけで受け取る情報が今までの1万倍というか…

あまりに圧倒されすぎて、観終わったあと、かえって現実感がないくらいでした。

感想も出てこないくらいすごくて、数日かけて記憶を反芻しながらこれを書いていますw

カジモド:飯田達郎

私にとって達郎さんは、ミュージカルってお芝居も大切なんだな、と初めて気づかせてくれた人かも。

私はミュージカル好きになってから10年ちょっとですが、好きな曲、上手な歌が何より最優先で、お芝居は二の次だった気がします。もちろん棒読み大根役者でもOKという事でなく、ある程度の演技ができた上で、という話。

ミュージカル作品によっては、「これから名曲くるぞ~」という感じで、俳優さんが朗々と歌い上げるのも多く、それも楽しめるのですが、このカジモドという役は、演技がダメだとすべてがダメだと思う。

じゃあ、歌は優先されないのか?というと全くそうではなく、歌えてあたりまえ+カジモドという難役をこなす必要があるんですよね。

その証拠に、カジモド役者さんたちは歌がめちゃくちゃ上手です。

そして、たつカジは、歌と演技の境目がなくて、歌いながらも観ているこちらがわかりやすいように声色やしぐさで、表現してくれる。これって、意外とミュージカル俳優さんでやっている人、多くないかもしれないです。

たつカジは歌をあくまでも表現の一つにしながらも、その歌が抜群の歌唱力なので、見ているこちらは、感情の渦に巻き込まれてしまう。

「こちらにわかりやすいように表現してくれる」と書きましたが、舞台をみると、カジモドならそうするだろう、という動きを自然と行っているようにも見えました。

「陽ざしの中へ」では、手を前にもっていってまぶしそうにし、愛おしそうに柱のポール?にほおずりしたりと、外の世界を想像して喜びを爆発させている達郎さんカジモドを見て、「そうだよね、お外行きたいよね。夢みたいなこといっぱいあるよね。」とカジモドの気持ちが痛いほど伝わって、この日はこの曲の途中から号泣でした。

たつカジは、なんだか気持ちが寄り添えるというか、精神的に幼児性を残しているピュアピュアなカジモドに見えるので、ただひたすら幸せになってほしいというこちらの気持ちが強いです。

だから、「石になろう」の絶望ぶりが本当に心が痛くて。

この「石になろう」も友達の石像たちへの当たり散らしの怒りパワーがすごくて、舞台を超えてこちらまで飛んでくるようでした。

感情の高ぶりがすごいのに、一音一音外さず最後のロングトーンも決めて、ただただ圧巻。

この日は、エスメラルダの最後、たつカジは一瞬状況が呑み込めず、エスメラルダは僕と遊んでいるんじゃないか、と思えるような、子供っぽい声を出していて、その無邪気さが観ていてつらかったです。

私の場合、たつカジは子供を見るような目でも見ちゃうから、たつカジが不幸だと辛くて仕方ないし、笑ってくれたら私も幸せ。

うまく言えないんだけれど、田中さんカジモドはピュアさはあっても精神的にはもっと上で、その分せつなさもある一方「こんな可哀そうな人がいた」と、少し第三者的な目で観ているかも。

 
 
この日、私の印象だと芝フロローとたつカジの間に、ぴんと張りつめた緊張感があるように感じました。

芝フロローがなんだかとても支配的で、カジモドに対して厳しい。

そんな芝フロローに対し、たつカジも怒られないように、上目遣いでご機嫌を伺っているような目つきが印象的でした。

この伺っている目が、人間というよりも動物的。

フロローから「怪物」と育てられて、自分自身のことを疑いもなく怪物だと思っているように感じました。

この翌日、田中さんカジモドx芝フロローで観たのですが、田中さんの方は、「この人に嫌われたらどうしよう」という怯えた目つきで、自分に自信のない(自信がもてるように育てらていない)表情が心に残りました。

たぶん日によって、見え方が違うと思うから、今後どういう印象を受けるのか、、、それも楽しみ。

フロロー:芝清道

秋劇場以来の芝フロロー。

迫力のあるヘルファイアーが最高すぎる。

ヘルファイアーって、クワイア、アンサンブル、楽器の重低音とものすごい「圧」がかかっているのに、そこに一切負けずに地鳴りのような芝フロローの歌が聞けるのが、これだけでもチケット代の価値があると私は思っています。

芝フロローはすでに自分が持つ欲望に気づいていて、弱さも見せているけれど、それを無理やり抑え込もうとしているから、おかしくなっちゃったというのがわかりやすい。

今回、ノートルダムの鐘初見の人と観たのですが、友人の感想は「フロローも一生懸命で可哀そう。この作品は誰も悪い人がいない。フロローも自分の欲望に忠実ならこんなことにならなかったのに」というものでした。

フロローの葛藤があってこそのノートルダムの鐘ですが、ほんとうにフロローが欲望丸出しだったら、あんな悲劇はなかったのにと思います。

横浜公演前に、Eテレの「100分 de 名著」で原作のノートルダムを取り上げていたので観たのですが、原作者のヴィクトルユゴーが書きたかったのは自分自身と重なったフロローで、ヘルファイアーを聞いたら、原作のフロローにまさにどんぴしゃで喜ぶんじゃないかと思います。

エスメラルダ:松山育恵

劇団四季さん、実力のある方どれだけそろえているの??と改めてびっくりした、新エスメラルダの松山育恵さん。

今まで観たエスメラルダ、(岡村さん、宮田さん)、みんな大好きだけれど、松山エスメラルダが一番ジプシーっぽいかも。

肌の色を浅黒くしたら、すごくしっくりくるのが松山さん。

とても肝が据わっているエスメラルダで、まだエスメラルダになって日が浅いとは思えない落ち着きぶりでした。

岡村さんのエスメラルダもとても落ちついた印象ですが、松山さんのものとは種類が違う気がします。

岡村エスメラルダ→慈悲の気持ちが強く達観している
松山エスメラルダ→何があろうと私は生き抜いていく

松山エスメラルダは、泥臭く生きてきたんだろうな、と想像してしまいました。

もともとバレエやジャズダンスをやっていたという事もあり、踊りがとてもきれいで、歌もとても上手。

エスメラルダらしい個性があって素敵でした。

フィーバス:光田健一

長身ハンサムで、カジモドの対局にあるような青年。

光田フィーバスも、松山エスメラルダ同様、横浜からのキャストです。

少し、表情が固いようにも感じましたが、フィーバスの実直な感じが出ていて、その固さも良かったです。

クロパン:阿部よしつぐ

CDで慣れ親しんでいたけれど、舞台では未見でとても楽しみにしていた阿部クロパン。

阿部よしつぐさんは、レミゼでアンジョルラスやっていたんですね。

クロパンって、今の世界とカジモドの世界をつなぐとても重要な役で、阿部クロパンの魅力の一つが、なんとも軽妙な語り口だと思います。

観客の緊張を少しゆるめるような、絶妙なクロパンで、特に最後のフィナーレでは、タイムスリップさせられていたような気もちにもなりました。

ちなみにこの絶妙なクロパンといえば、映画版ノートルダムでクロパンの吹き替えをした元劇団四季の光枝明彦さんも素晴らしいです。

その他

役者さんたちの顔がはっきり見えたので、CDでとても素敵な声と思っていた方が、元オペラ歌手の平良交一さんであること、聖アフロディージアスを演じていたのが、高枡祐一さんというイケメンさんだったこと、とアンサンブルさんの事も少しずつ認識できるようになりました。

驚いたのが、世界の頂上で、のシーンでエスメラルダがカジモドをおっかけてきたとき、ガーゴイルたちが静止しているのですが、この時、たぶんみんな瞬きしていない。。。

安部三博さんが、大きな目をかあっと開いたまま静止していたのが特に印象的でした。

ノートルダムの鐘は、アンサンブルさんが何種類も役を演じ分けるので、とりわけアンサンブルさんの重要性が高いとも思います。

席についてのメモ

前方サイドは爆音

KAATは音響が良いと評判で、使用スピーカーも多いと聞きます。

サイドにかなりのスピーカーがあるので、今回上手側だったのですが、かなりの爆音。

個人的には非常に楽しめましたが、音のバランス重視ならセンター寄りがいいですね。

上手は意外とカジモドの表情がみえやすいかも

前回、2F席から見たとき、カジモドは下手側にいる事が多いように感じ、センターのチケットがとりにくかったら下手側の席がいいのかなと思ったのですが、上手方向に表情を向けていることも多く、思った以上にカジモドの表情が見えました。

とにかく圧巻で劇場でたくさん泣いてしまったこの日の舞台。

特に演じているのではなく、カジモドとして存在していた、と思わせてくれた、たつカジを観られたことに感謝感謝!

【2018年横浜】劇団四季「ノートルダムの鐘」まとめ