劇団四季「ノートルダムの鐘」(飯田カジモド、村フロロー)2018年5月8日ソワレ感想

横浜公演ノートルダムの鐘4回め

飯田達郎カジモドx3回め
村俊英フロローx1回め

はじめての村フロロー、はじめて拝見する村さんでした。

とてもせつなく悲しいフロローで、良かった。

良かった分、いつもにも増して悲しい話に感じ、その日は心に鉛がずどーんとあるような重さを感じながら帰宅。数日かけて復活してきたところです。

ノートルダムの鐘2018年5月8日ソワレキャスト

カジモド:飯田達郎
フロロー:村 俊英
エスメラルダ:岡村美南
フィーバス:清水大星
クロパン:阿部よしつぐ

【男性アンサンブル】
塚田拓也,安部三博,大空卓鵬,賀山祐介,高舛裕一,平良交一,手島章平,田邊祐真
【女性アンサンブル】
小川晃世,久居史子,吉田絢香,原田真理

誠実に愛情をこめてカジモドを育ててきた村フロロー

(いつもそうだけど、ネタバレあり)

今回の舞台で強く感じたのは、カジモドを、大切な守るべきものとして育ててきたフロローでした。

カジモドが歌う「陽ざしの中へ」の前に、

フロローが

「お前は醜い、気持ち悪い、だから嫌われる」

というひどいセリフがありますが、

村フロローが言うと、カジモドが絶対に傷つかないように心底心配して言っているように聞こえる。

もちろん心配してもそんな言葉を子供(甥っ子)に言うなよなーと思いますが、それでも、

「この子は夢見がちだから世間の残酷さをしっかり伝えておく必要がある」と村フロローが気をもんでいっているなんじゃないか、と思えました。

話が前後しますが、弟のジェアンからカジモドを託されたあと、フロローがカジモドを殺してしまおうとするも、踏みとどまるシーン。

「石像の視線を感じた」というアンサンブルさんの歌にもあるように、今までフロローがカジモドを殺さなかったのは、信仰心からだと思っていたのに、村フロローは信仰心よりも肉親への愛情が勝ったからという印象。

ジェアンに対して、どのフロローも甘さはあるけれど、村フロローは加えてカジモドにもちょっと甘い父親の顔を見せると思いました。

そして、たつカジもそんな村フロローが大好きで、お祭りに行くフロローを自分が守りたいと本気で思っている。

村フロローとたつカジは、エスメラルダが登場しなければ、仲良くずっと幸せに暮らせたかも。

・・・と終演後、ガチに思えてきたほどでした。

村フロローは、エスメラルダに出会ってもう1つの人格が生まれた?

エスメラルダの登場シーン、民衆の前で肌もあらわに踊るエスメラルダを直視できず、目をそらそうとするも、ついひかれてしまうフロロー。

エスメラルダにライトがあたっているので、フロローがいる場所は暗いのですが、「こんなものを観てはいけない」と、恥じらいながら目を伏せたりチラチラしている反応が、乙女か….と目が離せませんでしたw

芝フロローの場合、自分が持っている欲望にはうすうす気づいていて、エスメラルダが登場したことで、それがボロボロはがれて現れてきたように感じたのですが、村フロローは、自分にそんな欲望があるなんて思ったこともなくて、エスメラルダ登場で心底困ったと思う。

エスメラルダに突然「ここに…一緒に住まないか。私と一緒に」というシーンでは、

今までのフロローに対しては、「突然気持ちの悪いことをw」と思っていましたが、村フロローは、好意を持った相手との距離感が全くわかっていないがゆえのセリフに見えました。

そしてヘルファイアー。

村フロローは、ヘルファイアーで、「良き自分」を捨て魂を売り渡したようにも思えました。

ジキルとハイドみたいに別人格が生まれ、ハイドに自分を託したというか。

最後、カジモドにフロローが「これでやっと二人、元の生活に戻れる」というシーンでは、村フロローの場合、エスメラルダと出会う前の自分に戻れるという事は絶対にない、と思えました。

新たに生まれてしまった、別人格の自分を消さない限り。

もの悲しい村フロローで、ぜひまた観たい。

あ、そういえば。

最初の登場シーンで、ぴっちり七三わけなのに、後ろの髪がぴょこんと少しはねていました。村さん。

悪いフロローになってからは、表情も少し怖かったのに、カテコでは優しいフロローの顔に戻られて良かった。この日は村さんの63歳のバースデー公演だったらしく、おめでたい日に立ち会えて、私も幸せです。

演技のことばかり書きましたが、低音の素敵な声で歌も艶やかに伸びてとても良かったです。

たつカジの「陽ざしの中へ」はやはり泣ける

横浜公演で3回目の飯田達郎さん。大好きなカジモドを今回も観られてとてもうれしいです。

たつカジの好きなシーンはいっぱい。中でも「陽ざしの中へ」は本当に大好き。

大聖堂で、20年間独りぼっちで暮らして、時々訪れるフロローと話すことはあっても、ほとんどの時間は一人。

そんなカジモドが、初めて外の世界へいく。

いつも塔の上から見ていた、憧れの世界。

どんなに大冒険か、どんなにわくわくしていたか、

陽ざしの中へ行く自分を想像して、喜びいっぱい歌う達郎さんのカジモドが愛しくて、前回も今回も涙が止まりませんでした。

私は気づかなかったのですが、

ーーカジモドは障害があるから、フロローなど実在する人たちと話すときは顔や体にゆがみがある状態だけれど、石像などカジモドの脳内で会話している、いわゆる想像しているシーンでは、カジモドにとって理想のカジモドだから、ゆがみのないカジモドになっているーー

飯田達郎さんはこう演技しているように見える、と指摘している方が何人かいました。

たしかに、「陽ざしの中へ」で外の世界を想像して嬉しくなっているときの、たつカジの顔はゆがんでいないので、次、またたつカジを運よく見ることができたら、チェックしたいポイントです。

MEMO
2018年5月20日追記

5/17に行われた「ノートルダムの鐘」のトークイベントで、ちょうどこの話がカジモド役の飯田達郎さんから出たようです。

現地スタッフから、カジモドの現実と空想で、演じ方をわけるように指示がきていたようです!現実世界では、声がしわがれて(顔がゆがんでいるから)いるけれど、パチンと空想に入ると、伸びやかに青年らしい声が出る、というのはここから来ているようでした。

この日、たつカジでとても辛いと思ったのは「奇跡をもとめて」のシーン。

エスメラルダに親切にしてもらって、もしかしたら僕を好きになってくれたのかも、と淡い恋心を抱くカジモドですが、エスメラルダはフィーバスと惹かれあっている事がわかってしまった。

ちょうどこの日は、岡村エスメラルダに、清水フィーバスと、両役の中でも特に大人びた雰囲気を持つ二人だったので、幼く見えるたつカジの世界とは残酷なほど世界が違うとみせつけられたようでした。

前回観た、たなカジはたつカジよりも大人びて見える分、青年の恋としてのせつなさがあったので、両カジモドで違う種類の悲しさがあります。
 

今回、はじめてほぼセンター、11列目の席で、カジモドがフロローを投げるときに、背骨を伸ばすシーンがはっきり見えました。

怒りに満ち、痛みに耐えながら曲がった背骨を1つ1つ折りながら伸ばすシーンは、こちらの身体が痛くなりそうなくらい、カジモドの苦しみが伝わってくるよう。

今でも、この時のたつカジの恐ろしい表情が忘れられません。

最後「僕が愛した人はみんな横たわっている」とワーワーと大きな声で泣いたときは、フロローと生活していた時の幼いカジモドに戻り、最初の村フロローとの幸せな生活を連想してしまい、こちらも泣けました。

血の臭いがするような清水フィーバス

秋劇場ぶりの清水フィーバス。やっぱりすごくいい!

どっしりして隊長感があって。(この翌日に行われたリハーサル見学会では、清水さん「自分には隊長っぽいところがない」とおっしゃていたようですがw)

最初の登場シーンから、戦場帰り直後、という感じで血まなぐさい感じ。

佐久間フィーバスや光田フィーバスのようなスマートな感じじゃなく、荒っぽいフィーバスです。

戦場はもううんざりだぜ!自分のことだけ考えたい、とう感じなのに、フロローに疑問をもち、エスメラルダの味方をしていく自然な流れも好きです。

 
 

他にも、岡村エスメラルダはやっぱり私にはマリア様のように見えたり、

阿部クロパンの、特に最後「そろそろ この物語も 終わりがきた」と空気のような歌い方。現実の世界へ戻すように歌うのが好きだと思ったり、

安部三博さんが、まろやかでとても美しい声をしていると思ったり、

あ~早くまた観に行きたい。

【2018年横浜】劇団四季「ノートルダムの鐘」まとめ