劇団四季「ノートルダムの鐘」ぐったり。。飯田カジモドx川口フロロー

今日は、飯田達郎さんカジモドと川口竜也さんフロローの組み合わせでした。

なんかもう凄かった。。受け止めるものが多くて、いい意味でグッタリしました。

MEMO
横浜公演ノートルダムの鐘14回め
飯田達郎カジモドx7回め
川口竜也フロローx5回め

今までと違う印象、飯田達郎さんカジモド

今まで私にとって達郎さんカジモドは「陽」の印象が強く、無邪気で外への憧れが強烈なカジモドだと思っていました。

そして経験してみた現実の外の世界は残酷で、「陽」のままのカジモドでいるためにも、外の世界は知らなった方が幸せなんじゃないかと。

今までの「陽ざしの中へ」では『カジモドお外に出たいんだね~』って、ワクワクするカジモドの気持に順応するように観ていました。この後の事を想像すると、胸が苦しくなりつつも、ピュアなカジモドの喜びは大切にしてあげたい、といった感情があった気がします。

でも今日、「陽ざしの中へ」で、理想のカジモドとして生き生きと歌う眩しいカジモドをみていると、背骨がまがり、人として扱ってもらえてこなかった、現実世界のカジモドの寂しさや孤独がくっきり浮かび上がり、今まで私が達郎さんカジモドに感じていた「陽」は、達郎さんが見せたかった理想のカジモドだったのかもしれないと思いました。

理想のカジモドと現実のカジモドについては、達郎さんが今までオフステなどで語られてきたことで、確か、次のように演じ分けられていたと思います

  • 現実のカジモド:背骨や顔が歪み、きちんとしゃべれず、声もしゃがれている
  • 理想のカジモド:若々しい青年

※理想のカジモドは、カジモドの想像シーン (陽ざしの中へ、エジプトへの逃避行)やエスメラルダとの会話などにでてきた…はず。

達郎さんは金本さんカジモドや田中さんカジモドと比べると、障害が重くて(背骨や顔のゆがみが強い)その分、現実が過酷に見える。

もし、達郎さんカジモドが目の前にあらわれたら、びっくりしてしまう人が多いと思う。私含めて。

達郎さんカジモドの【現実】を考えると、改めて、辛さしかなくて。

だからこそ、今日の達郎さんカジモドを見て、確かに外へ出て残酷な目にもあったけど、辛い現実世界に留まったままよりは、外の世界でエスメラルダに出会えてよかった、とようやく初めて思えたかも。

エスメラルダを救出する「石の聖人よ」~からの「サンクチュアリ!!」の場面で、カジモド本人になりたかった理想そのものになり、現実と理想のカジモドが一致したと思いました。

カジモドがすごく格好よく見えるシーンで、ここで本当に現実のカジモドが理想のカジモドになる。

エスメラルダを助けた後、横たわるエスメラルダと会話するシーンでは、現実世界のしゃがれた声でカジモドはしゃべるんだけど、すごくリラックスしていて、カジモドをそのまま受け入れてくれたエスメラルダに、理想のカジモドを見せる必要がないからとも思えました。

今までも達郎さんカジモドは観てきたのに、カジモドとしての成長?というか、心の過程をここまで感じたのは、初めてです。

凄みを増してきた川口フロロー

川口フロローは、見るたびに凄みを増してる気がします。。

存在感がありすぎて、登場シーンから目が離せなくなるフロロー。

表情が豊かなので、引き込まれます。

冒頭のジェアンと一緒に「フロローは優しい兄さ~ん」と歌っている時が、フロローにとって、人生で一番幸福だったのがわかる安心しきった笑顔。

ジェアンがお酒を飲み、フロリカを教会に連れてきてしまった時に見せる不安な表情。

後の怖いフロローの片りんもなく、心細そうな表情で、「この幸せが壊されてしまうのが、怖いのか・・・」と思ったし、実際、ジェアンが出て行ってしまった事が、フロローの心に大きな傷を残したと思えました。

(今日はこのシーンで、平良さんデュパン神父の「でていけ~」が怒号で、びくっとなりましたw)

1回めに川口フロローを見た時は、モラハラっぽいと思いましたが、今日は、愛情に溢れた人だからこそ、ジェアンが託して怪物に見えるカジモドを育てている、と思えます。

そういえば、トプシー・ターヴィーでカジモドに対して、暴力を振るう民衆を止めようとするフィーバスに

「彼(カジモド)には良い薬になる」とフロローがいうセリフ。

今までは、どのフロローも冷たく聴こえるセリフだったけれど、今日は、初めてフロローが本当にカジモドの事を想って出たセリフに聴こえました。

醜い怪物を見る世間の反応を恐れて、フロローはカジモドを(フロロー本人も)守るために隠していたわけで、二度とカジモドが傷つかないためにも、ここでお仕置きが必要・・・こう考えているかのようでした。

今日の川口フロローのヘルファイアがまた、凄まじくて、

「ジプシーおんな~め~」から、大きい目をひん剥いて、頭が人形みたいにグルグルとおかしな動きをし始めて、なんかもう、人間やめちゃったのか・・・と思えるような狂気を感じました。

ヘルファイアは、一幕の最後に近いので、休憩の幕間は「フロローがすごい怖い・・・・」とブルブルだったのですが、二幕の牢屋のシーンでエスメラルダに「私は自分を見捨てた」というセリフで、あぁ、あのヘルファイアでおかしくなった時に、自分を捨てたのか・・・と、つながったように感じました。(実際のところはわからないけれど)

最後、腰を曲げてまるでカジモドのような体型で出てくるのは、怪物を表しているのか?

意図はわからないけれど、私には、カジモドとフロローの、怪物x人間が逆転してしまった様子がはっきり伝わるようにも思えます。

前回も書いたけれど、どのフロローのアプローチもすき。

でも、川口フロローだと、受け止めるものが多くて、観劇後はいい意味でぐったりしちゃうかも。

飯田達郎さんとの、たつxたつコンビだった今日、受け止めるものが多くて、観劇後何時間たっても、気持ちが収まりません。

 

今日は、いつも安部さんで観ていたアンサンブル2枠が、奥田直樹さんでした。

トプシーで、エスメラルダがカジモドを救った後、「なにやっているんだよ!」と2枠さんが叫ぶシーン。安部さんは、このセリフの前に、床を足でドンっと強く推すのですが、今回それがなかったから、安部さんのオリジナルだったんですね~

ああ、今日も受け止めるものが多かった、ノートルダムの鐘。次は7月だ~!

2018年6月28日マチネキャスト

【2018年横浜】劇団四季「ノートルダムの鐘」まとめ