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ミュージカル『笑う男』の詳しいあらすじと感想(2019年)・日生劇場

日生劇場の『笑う男 The Eternal Love -永遠の愛-』を観てきました。

レ・ミゼラブルやノートルダムの鐘のヴィクトル・ユゴー作品と言うことで、妙な気合い(←両作品とも好きなので共通のテーマやらをみつけようと)を入れて観に行ったのですが、1回め観た時は、おとぎ話のようなストーリーにうまく自分の中で咀嚼できず、どう感じればよいのかわからない部分がちらほら。

でも2回め観た時に、ストンと腑に落ちました。

最初は難しく考えすぎていたのですが、自分的には圧倒的な「愛」について描かれた作品という印象です。

腐った貴族社会に対してあまりにも美しい虐げられた人々の愛。その美しさは、この世界には相応しくないほど。

だからこその結末で、その結末を選んだのはユゴーの絶望か悲しみか、または皮肉なのか。

MEMO

観劇日
4/14 ソワレ (デア:衛藤美彩、リトルグウィンプレン:大前優樹)
4/22 マチネ (デア:夢咲ねね、リトルグウィンプレン:大前優樹)
目次

「笑う男」あらすじ(ネタバレもあるので注意)

1689年イングランド冬。

子供買いの犯罪集団「コンプラチコ」により、貴族への見世物として口を裂かれ、終始笑顔が張り付いた顔にされてしまった、幼い少年グウィンプレン。

彼らの舟から放り出され、雪の中を彷徨っていると、死んだ女性の腕に抱かれた女の子の赤ん坊をみつける。

グウィンプレンは赤ん坊にデアと名付け、ある小屋に辿り着く。そこには、興行師ウルシュスが一人で暮らしていた(原作では狼と一緒に暮らしている)

ウルシュスは突然訪れた少年を受け入れるのはまっぴらと追い返そうとするが、放っておくことができずにグウィンプレンとデアを受け入れることにした。

彼は粗野で言葉は乱暴だが、心根はとても暖かい男だったのだ。

時が経ち成長したグウィンプレンとデア。2人はお互いの生い立ちを物語にしたウルシュス一座の興行で人気を博す。グウィンプレンはその奇怪な見た目で「笑う男」として話題になっていた。

グウィンプレンと盲目のデアはお互いに惹かれあっていた。しかしグウィンプレンは自分の顔の醜さを気にしてデアに想いを告げることはできない。

ある日、彼らの興行へやってきたのが、ジョシアナ公爵とその婚約者デヴィット・ディリー・ムーア興。

ジョシアナ公爵は、アン女王の異母妹。

姉のアン女王に結婚相手を、クランチャーリー家の跡継ぎデヴィット・ディリー・ムーア興と勝手に決められて苛立っていた。

クランチャーリー家の正当な跡継ぎは行方不明だったため、非嫡出子(私生児)であるデイビッド卿が家督を継ぐのだった。

ジョシアナ公爵は、興行で見た醜くも魅力的なグウィンプレンに惹かれ誘惑する。

ジョシアナ公爵の突然の愛の言葉にとまどうグウィンプレン。

 
醜い顔の僕に好意を示してくれた。
僕にも幸せになる世界があるのだろうか。

 

一方ウルシュス一座では、グウィンプレンを盲目のデアが探していた。そこへ酔ったデヴィット・ディリー・ムーア興が現れ彼女を襲う。すんでのところで、仲間に助けられるデア。

ジョシアナ公爵の誘惑から逃れ戻ってきたグウィンプレンにウルシュスが厳しく叱責する。
 

欲張るな、お前は化け物だ。幸せなど手に入らない。
お前のその口を デアから光を奪ったこの世界
受け入れろ 運命を
 
しかしグウィンプレンも反論。

 
あなたの目にはいつも世界は残酷
なぜ立ち向かおうとしない

僕なら変えられる 手に入る幸せ
 

傷ついたデアに許しをこい、愛の告白をするグウィンプレン。2人は愛を確かめ合う。

しかしグウィンプレンは突然あらわれたワペンテイク(秘密警察)によって牢獄へ連行される。

牢獄で、王宮の使用人フェドロから知らされたのは、グウィンプレンがクランチャーリー興の正式な跡取りであること。

フェドロは、ある瓶を手に入れていた。そこには、グウィンプレンの顔を裂いたコムプラチコスが罪の告白をした手紙が入っていたのだ。

クランチャーリー邸で過ごしたグウィンプレン。突然、貴族になりとまどう。

財産の一部の金貨をウルシュスに届けるようにフェドロに頼む。

フェドロは了承したようにみせたが、ウルシュスにはグウィンプレンは死んだと告げる。

悲嘆にくれるウルシュスと一座の仲間たち。

心臓が弱いデアに真実を告げてはならないと、グウィンプレンが出て行ったことを隠していつもの興行をしようとするウルシュスと一座の仲間たち。

しかし隠し通せず、グウィンプレンは出て行ったと思い込むデア。(死んだとは思っていない)

泣き崩れるデアを膝の上にのせて寝かしつけるウルシュス。

この子の代わりに私の命を捧げると神に祈る

一方、クランチャーリー邸では、グウィンプレンは貴族になった事にとまどいながらも、貧者の生活を知っている自分だからこそ出来る事があるはずだと、世の中を変えていこうと決意する。

 

グウィンプレンはフェドロとクランチャーリー邸にいたジョシアナ公爵の部屋へ訪れ、勘違いした彼女に猛アタックを受けてしまう。

そこへ現れたアン女王。

「グウィンプレンこそクランチャーリー家の正式な跡継ぎ。ジョシアナ公爵は、私生児のデヴィット・ディリー・ムーア興とではなく、グウィンプレンと結婚するように」と命令。

途端にジョシアナ公爵は、グウィンプレンへの興味を失い結婚は嫌だと言い、部屋を出ていく。

何も知らないデヴィット・ディリー・ムーア興がやってくる。デアとジョシアナの件で、デヴィットとグウィンプレンは決闘し、グウィンプレンが勝利。

フェドロが、クランチャーリー家の正式な跡取りはグウィンプレンだと告げ、ショックを受けるデヴィット。

私生児だった彼は、この社会で伸し上がるチャンスをつかむために、かつて幼いグウィンプレンをコムプラチコスに引き渡していたのだった。

女王の妹と結婚できるというチャンスをものにできなかったデヴィットは打ちのめされる。

貴族となったグウィンプレンは、議会へ出席する。女王が出席し貴族だけで行われる議会の内容は、貧しいものの苦しみは顧みず、自分たちの既得権を守るものばかりだった。

その中でグウィンプレンは、貧困に苦しむ人にもっと心を寄せるように訴えるが、得られたのは議員と女王の嘲笑だった。

そんな彼らに絶望するグウィンプレン。怪物とはお前たちのことだ、と言い捨て去る。

そのグウィンプレンをみていたジョシアナ公爵。

いつも満たされず本当に欲しいものを手に入れられなかった彼女は、これからは自分自身の人生を歩んでいくと決める。

ウルシュス一座では弱ったデアを仲間が取り囲んでいた。

そこへグウィンプレンが戻ってくる。

ウルシュスもデアも喜ぶ。だがすぐにデアの容態が急変し息を引き取ってしまう。

そのデアを抱き、グウィンプレンは川へとすすむ。

・・・・

とこんな内容でした。

作品の感想

「貴族の慰み者になるため顔を切り刻まれた少年」が主人公という事で、ノートルダムの鐘のカジモドを彷彿させる作品と思いきや、内容の重さにもかかわらずファンタジー色強め。

これは、ミュージカル『笑う男』が、2012年のフランス・チェコ合作の映画を基にしているからかもしれません。(見てないですが・・・)


L'Homme qui rit

笑う男は1928年にすでにアメリカで映画化されています。このアメリカ版で主事公グウィンプレンを演じたコンラート・ファイトのスチール写真は、バッドマンのジョーカーのモデルになったと言われています↓


Man Who Laughs (1928)

 
 

「笑う男」のグウィンプレンは、口を裂かれていますが、心根は明るく強くて悲惨さがありません。悲しみを抱えていますが、自分をこのように貶めた世界に対してまだ希望をもっています。

だから、「この世は残酷だ」という育ての父ウルシュスに「僕なら変えられる 手に入る幸せ」と反論できる。

ウルシュスとグウィンプレンの激しい応酬となる喧嘩のシーンですが、こんな風にグウィンプレンが主張できるのは、ウルシュスが世間の嫌なことからグウィンプレンやデアを守って暖かく育ててきたから。

作品の結末は、息絶えたデアを抱き上げてグウィンプレンが川に飛び込み、それをみたウルシュスが泣き崩れて終わります。

初回は、ええええーーーと思えた結末でした。

それで、あれこれ自分で内容をこじつけようとしちゃいました(笑) ユゴー先生の作品なので。

ぱっと見の感想だと、ノートルダムの鐘のフロローやレ・ミゼラブルジャベールのような、「正義をふりかざす人間の弱さ」にあたる人間が見当たらず、単純に貧しいものと富める者の「対」だけの作品に見えました。

もちろん別作品なので「正義をふりかざす人間の弱さ」がなくても良いと思うのですが、ユゴーの作品というよりは、先日帝劇で上演されていたM.A.の貧しいマルグリットと富めるマリー・アントワネットと貴族たちのような構図に見えてしまう。

ただ、恐らくこれは考え過ぎで、2回め観た時は、グウィンプレン、デアの魂の美しさとウルシュスや見世物小屋の人々の暖かい愛情、そして「無」といえるほど何も生み出さない貴族たちの虚しさが、これでもかとはっきりと比較されているように見えました。

物語の最初から、グウィンプレンとデアの内面の美しさが、この世界に似つかわしくない事がわかる。

ノートルダムの鐘もレ・ミゼラブルも、私には人間の生々しい息遣いが聞こえてくるのですが、笑う男のグウィンプレンとデアの愛は美しすぎて、ユゴーが貴族社会の醜さを際立たせたいがための美しさに見えました。その理想化された愛に人間味を加えるのが、ウルシュスや見世物小屋の人々。

美しいグウィンプレンとデアのラストの描き方は、社会的弱者の目線で作品を書いてきたユゴーが、結局、社会を変えるなんて簡単なことじゃない、と晩年になるにつれ確信してしまったがゆえかもしれません。

この作品の中で、

  • ユーゴーの人間愛→ウルシュス
  • ユーゴーの理想→グウィンプレン
  • ユーゴーにとって美しい全てのもの→デア

こう表現されている気がします。

ちなみにデアが盲目なのは、「美しさは目にみえないもの」だから、じゃないかと思います。

しかし、社会に失望したユーゴーは、美しさを表すデアと、ユーゴーの理想グウィンプレンも作品の中で殺してしまったのかなと。(個人的な勝手な感想です)

「死」で終わるのはノートルダムの鐘も一緒だけれど、「笑う男」はグウィンプレン自ら死を選ぶ点が、ユーゴーの絶望をより深く感じてしまいます。

ファンタジー色強めに感じたミュージカル「笑う男」ですが、ぐっと人間味を帯びるのがウルシュスが登場するシーンです。理想主義ではなく、この世の嫌な部分をたくさん見てきた男。でも雪の中に彷徨う幼い子供を見捨てられず、結局自分の手で育てる。

盲目のデアを溺愛しているのは、彼女の持つ全ての美しいものが、人間嫌いのウルシュスにとっても理想なのかもしれないです。

ジョシュアナ公爵やグウィンプレンの異母兄デヴィット・ディリー・ムーア興、フェドロのキャラクターがこの作品の理解に一役買いそうですが、ここは自分にはまだつかめず。。(演じた朝夏まなとさんと宮原浩暢さんは素晴らしかった)

他に印象的だったのは、舞台と衣装の美しさ。ワイルドホーンの音楽も綺麗でした。

緞帳に赤い線が引かれ、切り裂かれた口を表しているのがとても印象的です。

衣装は、前田文子さん。

王家の紋章の時、前田文子のエジプトとヒッタイトの衣装がそれぞれとても美しくて印象に残っていました。今回は、不安をかきたてるアシンメトリーで、怖くて退廃的で美しいものを目指したとの事。

貴族の衣装が、豪華なんだけれど、どこか彼らを冷ややかにみているような色使いで、ゾクゾクしてしまうものばかりでした。

キャスト感想

以下、簡単にキャストさん感想

グウィンプレン:浦井健治(うらい けんじ)

生い立ちは不幸だけれど、それに負けない明るさと強さを持つキャラクターにぴったり。貴族になった時のキラキラオーラもさすがで、見せ場続きです。

ビッグナンバー、剣さばきと、「可哀想な主人公」じゃなくて、格好いいですから!

グウィンプレンもデアも、レミゼの登場人物ような「泥臭さ」はなく、ファンタジーのようなこの作品にすごく合っていると思いました。

デア :衛藤美彩(えとう みさ)

デアのピュアでか弱い雰囲気がよく出ています。声もとても綺麗。あどけない感じがとても可愛いです。

デア:夢咲ねね(ゆめさき ねね)

一途にグウィンプレンを想う感じがすごく出ていて、泣けました。見えない演技もとても良かったです。ねねちゃん、細くて折れそう。。

ジョシアナ公爵:朝夏まなと(あさか まなと)

素敵な女公爵で、とても好きなのですが、グウィンプレンと見た目のバランスがよくて、グウィンプレンに迫るシーンでの滑稽さが半減してしまっているかも。(朝夏まなとさんに罪はなくご本人は素晴らしい)

目が見えなくても「愛」を大切に美しいものを知っているデアに対して、恵まれているはずなのに満たされない対比として描かれている人物像なのかなーと思いました。

デヴィット・ディリー・ムーア卿:宮原浩暢(みやはら ひろのぶ)

キャラクター的にいや~な奴で、ふと「吉野圭吾さん」の枠っぽいなと思いました。

宮原さんも嫌な奴ぶり+フェロモン(共演者のお話だと真逆の性格だそうですね)が出ていて素敵な悪役。

悪い人間なんだけれど、もともとは私生児という弱い立場にあったから自分を守る為に悪いことをして、それが報われなかった少し可哀想な役です。

何度もみていくうちに好きになりそうなキャラクターでした。

フェドロ:石川 禅(いしかわ ぜん)

この作品で一番よくわからなかった役でした。

いや、恐らく権力持った人に反抗したくて色々嫌がらせをしているのだろうけれど、フェドロの曲が1つ欲しかったなーと思います。せっかくの禅さんだし!

王宮の瓶の開封係って、私もそんな仕事があったらつきたいです。

ウルシュス:山口祐一郎(やまぐち ゆういちろう)

正直、こんなに出番が多いとは思っていなかったので、一番びっくりしたのが、ウルシュスの山口さん。

すごく人間らしい役で、ウルシュスがこの物語を支えています。ウルシュスがいなければ、「人間愛」が欠けてしまう。

グウィンプレンやデアへの最初の「人道的な愛」。それが「家族愛」へと変わり、祈るウルシュスはバルジャンのようでもあり、ウルシュス一座を率いる姿は、ノートルダムの鐘のジプシーのリーダークロパンのようでもありました。

人間愛を演じる山口さん、ご本人のお人柄も出ているようでとても素敵です。

山口ウルシュスの愛情が根底に流れている物語なので、だからこそ最後が泣けてしまう。自分が育てた子供たちを一変に失うって。しかもグウィンプレンが自ら死を選ぶわけだし。

でも、「この世は残酷」と言うウルシュスは、その結末を受けいれるんだろうなぁ。。

キャスト

グウィンプレン:浦井健治
デア(Wキャスト):夢咲ねね/衛藤美彩
ジョシアナ公爵:朝夏まなと
デヴィット・ディリー・ムーア卿:宮原浩暢
フェドロ:石川 禅
ウルシュス:山口祐一郎
中山 昇、上野哲也、宇月 颯、清水彩花、榎本成志、小原和彦、仙名立宗、早川一矢、藤岡義樹、堀江慎也、森山大輔、石田佳名子、内田智子、岡本華奈、栗山絵美、コリ伽路、富田亜希、安田カナ、吉田萌美
リトル・グウィンプレン(トリプルキャスト):大前優樹、下之園嵐史、豊島青空

脚本:ロバート・ヨハンソン
音楽:フランク・ワイルドホーン
歌詞:ジャック・マーフィー
編曲・オーケストレーション:ジェイソン・ハウランド
翻訳・訳詞・演出:上田一豪
音楽スーパーヴァイザー:塩田明弘
音楽監督:小澤時史
歌唱指導:山口正義 やまぐちあきこ
振付:新海絵理子 スズキ拓朗
美術:オ・ピリョン
照明:笠原俊幸
音響:山本浩一
衣裳:前田文子
ヘアメイク:岡田智江(スタジオAD)
映像:奥秀太郎
舞台監督:廣田 進 三宅崇司
演出助手:森田香菜子
指揮:塩田明弘 田尻真高
オーケストラ:東宝ミュージック ダット・ミュージック
稽古ピアノ:國井雅美 中條純子
制作:江尻礼次朗 馬場千晃
プロデューサー:服部優希 塚田淳一
宣伝美術:東 白英 東 康裕
宣伝写真:平岩 享
製作:東宝

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